ミュージカル好きな心理カウンセラーが書く観劇感想とその他もろもろ
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上原理生くんのファーストアルバム買っちゃった!
遅ればせながら、上原くんのファーストアルバム「Die Welt
」を買ってしまいました\(^o^)/



オペラやミュージカルの曲メインですが、上原くん自身が作詞した曲も2曲入っていて、どちらもステキなんですけど「そばにいて」というラブソングを聞いたとたんに、なぜか赤面してしまったんですが、これって私だけ?(笑)
なんかね、青春の頃の甘酸っぱい恋の感じが蘇ってきて、くすぐったくなっちゃって(*´艸`*)
瑞々しくストレートな甘い歌詞だからかな。キュンキュンしちゃう❤
若いっていいね。
そして、恋をしたくなる。
干物女から抜け出せない私に、思わぬところから思わぬ方法で喝を入れられちゃったような感じ(笑)

もう一曲の「美しく生きたい」は、私の感じた上原くんのイメージそのままな感じ。
当然ながら上原くんについて公表されていること以外は何も知らないんですけど、結構見ていて分かりやすいタイプで、全くイメージを裏切られることなく「ああ、上原くんらしいな」って思って聴いてました。
ちなみに私がもっている上原くんのイメージは、シャイで繊細なロマンチスト。そして、好きなことに関してはすごく熱く語るタイプかと。
顔濃ゆいし、一見ワイルドな感じがしますけど(笑)、インタビュー記事読んだりしてると先に書いたような印象ですね。

それにしても、やっぱ、いい声だわぁ〜❤生で聴きたくなる・・・(*´∀`*)
笠松はるさんとのデュエットもいい感じ♪
コンサート行きたかった・・・・

これからもどんどん活躍の場が増えて、ファンもどんどん増えていくんだろうなぁ。
本当に先が楽しみな舞台俳優さんであり、声楽家ですね。
小説「レ・ミゼラブル」やっと読み終えたぁ!
今年の1月から読み始めた「レ・ミゼラブル」の完全版。
途中で何度も挫折しながら4か月ちょっとかかって、やっと読み終えました!
私が読んだのは青空文庫で見つけた古い翻訳本なので、使われている言葉が古くて分かりづらかったり、しょっちゅう話がそれてなかなか本編に戻ってくれなかったりで、つい途中で飽きて投げ出しちゃうんですよね。それで、しばらくしてまた思い出したように読みだすという繰り返し(笑)
それでも完読できたのは、現在上演中のミュージカルの内容と比べながら、読んでいるうちに疑問に思っていた部分の謎が解けていったり、ミュージカルと原作の違いを楽しむことができたからかな。

ミュージカルは、上演時間内に収めるために長編小説を無理やり短縮してるから、原作と違うのは当たり前だし、その歪みからツッコミどころが出てくるのも仕方がないですね。
主人公ジャンバル・ジャンのエピソードは大体そのままですが、他の設定とかは話の流れとかはかなり違います。

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祖父の戦争体験
今日は祖母の命日だったので、祖父の家へ行ってきました。
そこで、気まぐれに始まった、祖父の戦争体験の話。
録音したわけではないので、覚えている範囲で書かせていただきます。
かなりショッキングな内容やグロテスクな内容も含まれますので、心の準備をなさってからお読みください。

祖父は、17歳で召集され、18歳で軍の指令部隊に配属、20歳で終戦を迎えるまで、命令が下るたびに偵察機に乗って、国内はもちろんグアム、サイパンなどへも飛んでいたそうです。

一番印象に残っていると言っていた場面。
とある中尉を小さな偵察機の後部座席に乗せ、サイパンかグアム(祖父の記憶があいまいのようです)へ向かう途中にアメリカ軍の攻撃を受け、後ろの中尉に声をかけたが返事がなく、当時ほぼアメリカ軍に制圧されていたフィリピンに危険を承知で、唯一まだ残っていた日本軍の粗末な滑走路に緊急着陸。
祖父の偵察機は3発の銃撃を受けていて、そのうちの1発が後ろに乗っていた中尉の頭を直撃、着陸直後に祖父が後部座席を振り返ったら、その中尉は頭をうなだれて動かなくなっていて、後部座席は血の海だったそうです。弾は中尉の頭を貫通し、機内の壁に突き刺さっていたとか。
後部座席は祖父のいた運転席から1mも離れていず、19歳だった祖父はショックでしばらく体の震えが止まらなかったと言っていました。
その後、祖父の偵察機の攻撃で穴が開いた部分を布と松ヤニを塗り重ねてふさぎ、また同じ偵察機に乗って報告のために日本へ戻ったそうです。もちろんその途中も敵軍の攻撃を掻い潜って。代わりの飛行機なんてないですからね・・・

終戦間近の頃になると、一度は特攻隊へ異動を命じられたものの、再び指令部隊に呼び戻され、今度は特攻隊が発信するたびに、それがどうなったか見定めに行くように命令されたとか。
要するに、敵の攻撃を掻い潜りながら、特攻隊の最後を見届けるという過酷な指令です。

特攻隊員として散っていった若者たちは、当時の新聞などでは堂々と格好よく飛び立っていったようなことを書かれていたようですが、実際は決してそんな恰好いいものではなく、「本当は死にたくない」と泣いたり、最後の水杯を交わすところで、ガタガタと震えて盃を持っていられない状態になっていたり・・・。
500キロの爆弾とわずかな燃料だけを積んだ特攻の飛行機に乗り込んだら、後は死ぬしかないんですから当たり前のことです。拒否することは許されません。

祖父は、飛び立った特攻機がどうなったかを見届けるために、何度も敵の攻撃を掻い潜り偵察に行きました。
仲間が目の前で次々と死んでいくのを目の当たりにして、言い表せないほど辛かったそうです・・・。
敵の軍艦に体当たりして散った者、敵軍に届かないまま爆死した者、敵軍に当たらなかったものの多少の打撃を与えることができた者・・・
敵の軍艦が沈んだのを見ても、嬉しくもなんともない、とにかく辛かったと。

さらには、終戦直前になると、特攻機もどんどん粗末なものになり、敵の軍艦に到達する前に翼で気圧で折れてなくなり
、爆弾だけの状態で落ちて行くのも多く見たらしいです。

戦争になると、人の命はゴミのように捨てられていく・・・虚しいですね・・・
祖父は「戦争は、人の命と経済をめちゃくちゃにする。大量のムダ金が戦争につぎ込まれ、大量の人の命が捨てられる」と語っていました。
本当にそうですよね。
祖父は、戦争体験を語ってほしいと言われているそうなのですが、70年前の話で記憶もうろ覚え、とにかく混乱した時代で、いつ何が起こったかは記憶があいまいなのと、大勢の前で辛い体験を語ることが苦痛なのだそうです。
どうしてもと頼まれて、戦争体験を話に行ったそうなのですが、「この場面とさっきの場面の順番はどうなっているのか?」「さっき言っていたのはいつのことか?」などと聞かれ、困り、責めたられているようでしんどかったと。
気まぐれに私たちに話すのは質問攻めにあうこともないし、自分が話したい時に話しているので大丈夫だそうです。

戦争体験を聞くのは良いのですが、聞く側の方々にお願いがあります。
語る側は高齢なこと、思い出すのも辛い内容を一生懸命語っていること、記憶があいまいな部分もあること、これらを承知した上でご配慮いただきたいなと思います。
フェチが一つ増えたかも(笑)
私は、自分が声フェチであることは、前に書いたような気がする。
私の好みの声は・・・
女声の場合は、高すぎず低すぎず柔らかく包み込むような声。
男声の場合は、低めの落ち着いた声。歌の場合も低めのバリトンヴォイスが好き。
よく観劇する私が、役者さんを気に入る最初のポイントも、やっぱり声。もちろんそれだけじゃないですけど、最初のステップはそこなんですよ〜!

それが最近、男性の筋肉の付き方についても以前より好みがはっきりしてきてまして・・・
昔から、男性の筋肉質な二の腕は好きで、当時つきあってた彼氏の二の腕をよく触って楽しんでましたけど(笑)
最近はそれに加えて、きゅっと引きしまったお尻とか、適度に盛り上がった大胸筋とか、引き締まったお腹(完全に割れてなくてもOK)とか、好きですねぇ。
細マッチョよりも、少し太めでしっかり筋肉がついてた方が好き。でも、ボディービルダーみたいにまでなっちゃうと、逆にひくなぁ。
以前からその片鱗はあったのかもしれないけど、今ほどこだわってなかったような。完全に筋肉フェチになっちゃったみたいですねぇ、私(笑)

今年を振り返って
もう、明日は大みそかですねぇ。
このブログの副題を“ミュージカルが大好きな心理カウンセラーが書く観劇感想とその他もろもろ”にしたので、今年観劇した作品を振り返ってみようかな、と思います。
(文字色が変わっている部分をクリックすると、各作品の感想のページへ飛びます)

2月 『シャーロック・ホームズ 〜アンダーソン家の秘密〜』愛知芸術劇場
3月 『ラスト・タイクーン/TAKARAZUKA ∞夢眩』宝塚大劇場
4月 『アダムス ファミリー』愛知芸術劇場
   『Love Chase!!』愛知芸術劇場
6月 『ベルサイユのばら フェルゼン編』中日劇場
7月 『キャッチ ミー イフ ユー キャン』愛知芸術劇場
8月 『シスター・アクト 〜天使にラブソングを〜』愛知芸術劇場
9月 『ミス・サイゴン』1回目2回目 愛知芸術劇場
   春野寿美礼コンサート『Smile』バウホール
   『レディ・ベス』中日劇場
11月 『モーツァルト!』帝国劇場
12月 『アリス・イン・ワンダーランド』中日劇場

こうして見ると、意外にいろいろ観に行ったんだなぁ。
4月に『ちぬの誓い』も観る予定だったんですが、直前に階段から落ちて足首の靭帯を損傷して思うように動けず、残念ながら観に行けなかったんですよね。
その後、足が動かせない不便さからくる鬱憤を晴らすかのように、ほぼ毎月何か観てましたね。
9月に観劇回数が増えているのは、大学が夏休み期間中で時間に余裕があったから。
おかげさまで、今は足もよくなって普通に生活しています。
足首の違和感は少し残っているものの、正座もできるようになって、やっと落ち着いた感じ(笑)

今年、カウンセラーとしての私は、大スランプに陥ってまして、何をやってもうまくいかず、悩みぬいた年だったんですね。
そんな時は、カウンセラー仲間や家族の存在が、大きな支えとなってくれました。
そして、どうにもならなくて行き詰まった時の舞台観賞は、とてもいい気分転換になったし、これも心の支えの一つになっていました。そこで元気をもらって、現実に向き合って・・・
なんとか乗り越えることができました。
本当に全てに感謝、感謝です(*^-^*)


新穂高〜上高地へ行ってきました
両親に誘われ半ば強制的に(?)2泊3日でトレッキングに行ってきました。
母が登山好きなので、子どもの頃は毎年夏休みに山へ行っていましたが、最近は滅多に行かなくなりました。
なので、山へ行くのは久しぶり。

泊まったのは、奥飛騨温泉郷新穂高温泉「別館まほろば」。うちの両親のお気に入りの宿らしい。
気さくなご主人と奥さんのお二人が切り盛りされていて、気を使わない素朴な雰囲気がいい感じ。
お部屋は全室15畳ほどの和室。源泉かけ流しで内風呂の他、貸切り露天風呂が4つ、24時間いつでも入れるみたいです。
かなりゆったり過ごせますよ。
お食事は毎日違うものを出しているようで、連泊しても飽きることはないと思います。
私たちが泊まった日は、ご主人が山で採ってきたというキノコなどの山菜類と山葡萄や栗などを秋の味覚をふんだんに使った鍋料理や煮物、川魚の塩焼きやお刺身など品数が多く、食べきれないほどのボリューム感。
宿泊客はやはり登山目的の方が多いようですが、温泉目的でも十分楽しめると思います(^^)

新穂高ロープウェイが近かったのですが、2日目の朝、山頂の方が曇っていたので、上に行っても何も見えないだろうという事で予定を変更して、上高地へ行ってきました。
大正池から河童橋まで歩きましたが、紅葉は始まったばかりで、まだまばらでした。来週くらいがいい感じになるんじゃないかな。 
でも、紅葉し始めの緑や黄色、橙色、赤色が入り混じった微妙な色合いの森林もいいなぁ。

大正池
大正池。20年近く前に来た時より池の中にあった立ち枯れの木が大幅に減っていました。


大正池から河童橋へ向かう途中の川辺。写真だと木々に光が当たってキラキラしている感じが出ないですね。

その途中、帝国ホテルのラウンジでちょっと休憩。
1日20セット限定というプリンセットをいただきました。
プリンが予想外に大きくてボリュームがあり、ちょっとティータイムのはずがお腹いっぱいになっちゃいました。
でも、あっさりした甘みとほろ苦いカラメルが絶妙で、最後までくどく感じることなく食べきることができました。
私は甘い物を一度にたくさん食べられないので、正直、出てきた時は食べきれるか心配になりましたが、このプリンは大丈夫でした♪コーヒーもお替り自由でしたよ。

プリンセット
プリンの入ったグラスは、片手に余るほどの大きさ。コーヒーカップも大きめなので、プリンの大きさが伝わりにくいなぁ(笑)

高級ホテルのラウンジでお値段も一流でしたが、やっぱりそれだけのことはありますね。当たり前か(笑)

母は山に登りたかったようですが、春先に靭帯損傷した私の右足がまだ本調子ではないため、無理がきかずハイキング程度でしたが、木の香りと美しい風景に癒されました。

今回は、半ば強制的につれて行かれた旅行でしたが、結果的にはリフレッシュできたのでよかったです。
両親に感謝です(^^)
そんなに嫌いじゃないんだ
この間、フォトスタジオでプロフィール用の写真を撮ってもらってきたことを書きましたが、その時に気づいたことがあったので、自分の覚書として書いておこうかなと思います。
前回の記事と重なる部分もあるかもしれないけど、そこは、まあ目をつぶってくださいな。

プロフィール用の写真にそこまでしなくてもいいとは思ったんだけど、写真を撮られるのが大の苦手で、カメラを向けられるといつも顔が引きつってしまうからプロに撮ってもらったら、少しはいいのができるんじゃないかと思ったのと、もう一つは一回プロにメイクしてもらって写真を撮ってもらいたいって思っていたのとで、ちょっと贅沢をしちゃいました(*^-^*)

メイクを担当してくれたのは若い男性メイクアップアーティスト、写真を撮ってくれたのは若い女性フォトグラファー。
メイクをしてもらうためにノーメイクで行ったんですけど、しょっぱなから、メイクさんに何のためらいもなく「かわいらしいお顔立ちですから・・・」とか「お肌白いですねぇ〜」とか言われて、恥ずかしくなっちゃった。
写真を撮ってもらうのが苦手って伝えてあったから、少しでも自信を持ってカメラの前に立ってもらおうという心遣いなんだろうけど、そんなこと言われたことないから、ああいう時はどう反応していいか困っちゃいます(^^;
こういう時にうまくあしらうことができたら大人の女としてかっこいいのになぁ。来年には四十路を迎える私ですが、まだまだ大人の修行が足らんですな(笑)

この間も書いたんですけど、撮影用のメイクって、結構濃く作るんですね。
特に眉!鏡で見た時はイモトさんの眉みたいにはっきり濃く描かれて心配になっちゃいました(笑)
でも写真ではちょうどいい感じになってて一安心。

付けまつ毛もつけてくれたんだけど、すっごい違和感・・・
メイクさんに「写真ならこれくらい濃くてもいいんだけど、もし試し撮りしてみて嫌だったら言ってくださいね」って言われ、試し撮りの時に見てみたけど、やっぱり私らしくない感じがして、結局付けまつ毛は取ってもらいました。

その時に感じたのは、私は自分の素顔が結構好きなんだってことでした。
出っ歯だし、瞼はくぼんできたし、小じわやシミも目立って来てるし、気に入らない部分は挙げたらきりがないけど、全体的に見たらそんなに嫌じゃない。
10代の頃は、自分の顔も性格も嫌いで鏡を見るのも嫌な時期があったけど、今回写真を撮ってもらうにあたって、きれいに撮ってもらう事よりも、私らしさにこだわっている自分に気が付いた時に「あ、私は自分を受け入れることができたんだな」って、ちょっとうれしくなりました。

それでも、そこはやっぱりプロで、実物よりずっときれいに仕上げてくれました(笑)

本当にちょっと贅沢してみようかなくらいの軽い気持ちで行ったんですけど、自分の中で思いがけない気づきがあっていい思い出になりました♪

サイトのプロフィールに載せるために画像を縮小したら、何の修正も加えてないんだけど、瞼のくぼみも小じわも目立たなくなったわ(笑)
写真
今日は、スタジオmirukuさんで、プロフィール用の写真を撮ってもらってきました。
メイクからやってもらうのは初めてです。
撮影のためのメイクって、かなり濃いのね(^^;
ツケまつ毛までつけてくれたけど、やっぱり普段の自分とかけ離れちゃうのは嫌だったから、結局はずしてもらいました。ツケマなんて今まで一度も付けたことないんだもの。

それにしても、写真を撮られるのが苦手だから緊張するし、結構きつい体勢を続けなきゃいけないし、疲れたぁ・・・
でもプロにメイクしてもらって、写真撮ってもらうと、やっぱ全然違うなぁ。
実物より5割増しくらいきれいに仕上がってる〜(*^m^*) ムフッ

戦争の記憶〜祖父の話より〜
原爆の日やら終戦の日が続いて、戦争に関する番組もちらほらやっているようです。
そういった番組を見ていて、ふと思い出した祖父の戦争体験談。
以前にもこのブログに一部書きましたが、もう少し書き加えておこうかなと思います。

第二次大戦当時、祖父は10代後半。
平和な時代であれば青春真っ只中のはずでしたが、田舎の農家出身の祖父は学徒出陣で徴兵され、最初は訓練を受けながら空襲の被害を受けた地域での遺体処理したり、その後は空軍で飛行機に乗ったりしていたようです。
敗戦が色濃くなる時期に入ると、ろくに訓練も受けていない10代後半〜20代の若い学生たちまでもが戦地に駆り出されていったんですよね。訓練を受けていたからいいというわけでもないですが・・・

静岡県浜松であった大空襲後の遺体処理は、手足が吹き飛び、眼球が飛び出したようなむごい物ばかりで10代の少年にとっては相当ショックだったろうし、苦痛以外のなにものでもなかったと思います。
防空壕に避難していた人たちが全員爆弾でやられてしまっていた場所もあったそうです。
「兵隊さん、うちの子を助けて」と血だらけの赤ん坊を抱え、自身も痛手を負い動けなくなっている母親に引き留められたけど、祖父にはどうすることもできず、泣く泣く立ち去ったという話もしてくれました。

飛行機は非常にシンプルな作りで、高度1000メートルを超えると寒くて手はかじかみ、思うように操縦するのが難しかったそうです。でも、地上からの砲撃を避けるためには高度2000メートル以上で飛ばねばならず、寒さでガタガタ震えながら、必死で手の震えを抑え込むために手をハンドルに縛り付けたりしていたそうです。
仲間の中には凍傷にかかるものも多かったとか。
祖父の空軍での役目は攻撃ではなく、偵察と情報伝達が主だったようなので、人を殺したという体験はしていないと思っていますが、もしかしたら誰にも話していないだけかもしれません。
戦時中に敵方だった相手とはいえ、その人も家族も恋人もいるただの人です。個人的にはなんの恨みもない人を殺すということは想像を絶するほどのストレスを抱えることになります。
そして、以前も書きましたが、祖父の兄は20代の若さで、行きの燃料だけ積んで敵艦に突っ込む人間魚雷に乗りこみ玉砕したそうです。

祖父は87歳になりますが、今でも戦時中の恐ろしい体験がフラッシュバックすることがあるそうです。
終戦から70年近くたった今でも、戦争を体験した人たちは苦しんでいるのです。

戦争なんて百害あって一利なしです。
今のイラクやガザ、ウクライナを見ていても思いますが、一部の人間のエゴのために、関係ない多くの一般市民が犠牲になっていることに心が痛みます。
武力で抑え込めば、抑え込まれた者たちが反発するのは当たり前。それをまた武力で抑え込もうとする。これでは永遠に終わらない悪循環。
武力に武力で対抗すれば戦争になる。どうしてそこに気づかないのかなぁ・・・?
リキッドファンデーションをブラシで
最近、ネットでリキッドファンデーションをブラシで塗るときれいにむらなく塗れるという情報を得て、リキッドファンデーション用のブラシを買ってやってみたら、本当にきれいにプロにやってもらったみたいにきれいに出来て、メッチャ感動しました!
スポンジで塗ってた時は、シミとかクマとか毛穴とかなかなか隠れなかったけど、同じファンデーションでもブラシで塗ったらきれいに隠れたんですよ〜!
多分、ベタッと塗っちゃうより、ブラシでふわっと肌に乗せる感じの方が、光を乱反射させて肌の凸凹とかを目立たなくしてくれるんでしょうね。

もっと早く知ってれば・・・!(笑)